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2012年6月28日 (木曜日)

バイブルは鉄道の本

 

  

ここんとこ ツイッターにも飽きてきたし…… つか休止中( ´艸`)

 たぶん 普段は独り言然で「なにか」呟いてるだろーが、

文字に変換してまでつぶやく内容じゃないし。。

  

フェイスブックも同級生に勧められて始めたのはいいが、

始めた動機がそんなもんなので、必要というわけじゃないので

たまに見る程度かなあ。。

(それに使い方わかんないし…)  

 

まあ どーでもいいことだけど

確実にアイフォンを触る機会が増えたことは間違いない。

  

その反面 

確実に活字離れが進んでいるオラだが 

  

よく読んでるのがこの本

Photo

郷愁の野州鉄道 (大町雅美/著 随想舎 2004年)

オラの故郷 栃木県の鉄道史を綴った本である。

 

明治18年7月 

上野ー宇都宮間に日本鉄道奥州線(現東北本線)が

開通して栃木県鉄道の歴史が始まった。

基幹の国鉄以外にも東武鉄道をはじめ

多くの人車、軌道、未完線が出来ては廃止された。

 

弊ブログの「東武鉄道日光軌道線」「宇都宮陸軍航空廠線」

記事はこの本を参考にさせていただいた。

 

「廃線跡を追い郷愁に浸る」という ド変態にとっては

最高の バイブルである。`;:゙;`;・(゚ε゚ )ブッ!!

 

値段は高いんだけど(そりゃそうだよね 超マニアックだもん)

買ってよかったと思える本だ。

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ちなみにオラが住んでる宇都宮市

今でこそギョウザで有名だけど…

明治から昭和40年代までは、建材としても有名な「大谷石」の産地であり、石切り場から街中の集積所まで蒸気機関車が通っていた。

また基幹線路から派生した無数のトロッコ軌道が宇都宮西部を中心に敷設されており、その線路跡の多くが「遊歩道」や「生活道路」として転用されている。

知らず知らず、線路跡を歩いているのである。

 

本の内容を少し紹介する

  

●オラんちの前の二車線道路は「東武鉄道大谷線」の軌道跡であり環状線を跨ぐように線路跡が残されている。

●桜小学校の南にはJR鶴田駅まで続いていた「旧宇都宮石材軌道」の線路跡がわずかに残されており生活道路として活用されている。

●その「宇都宮石材軌道」は現在の宇都宮地方裁判所を起点として、西に大谷街道を通り立岩方面へトロッコ軌道が走っていた。

●桜小学校から北へ(現在のパーラーマドンナ)を突っ切って付属小の校庭を横切り現在の中央女子高をかすめながら最終的には徳治郎まで伸びていた。 新里街道のろまんちっく村の手前には現在もはっきりと軌道跡が残っており土地所有者である東武鉄道の看板が立ててある。

●県立中央公園(元専売公社宇都宮工場)の南には「なかよし通り」の名で線路跡が遊歩道へと転用されている。

●旧陸軍宇都宮飛行場の旧線は記事の通り

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こんなこと書いてると 汽車・鉄道に詳しいかと思われがちだが

(汽車ポッポのD51だとか、新幹線の●00系とか)

はっきり言って全然興味無し。

駅や線路端で写真撮ることもしない。(記録用で撮ることはある)

今走ってるのは今のところどーでもいい。

 

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普段なにげに通ってる道、もしかしたら昔は汽車やトロッコが走っていたかもしれないね。

 

オラはいい歳こいて 動き回るのが好きだ

バイクもラッパ吹くことも大好き!それに友達と飲みに行くことも

 

でもこの本を持って廃線跡をあるくのはもっと好きだo(*^▽^*)o

    

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