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2012年5月16日 (水曜日)

熊の木小学校 西高原分校

 

 

 

みなさんは井上陽水の「少年時代」という曲をご存じだと思う。

.♪夏が過ぎ かぜあざみ 誰の憧れにさまよう青空に残された

 私の心は夏模様~♪ 

いいね~(*^-^)

オラは この曲聞くたびに思い出すことがある。

 

実はこんなオラにも少年時代の楽しい思い出があって

夏休みに父に連れられて行った「高原分校」

 オラや弟は「森の分校」と呼んでいた。

 

今でこそ林道ツーリング、尚仁沢、ハイキングと クルマで手軽に行けるようになった高原山系だが、当時(約40年前)は道も整備されてなかった。

何故そんなところへ行ったのか? 

いまだにオラもちゃんとした理由は知らないんだけど

たぶん父が今で言う「地域ボランティア」みたいなことをしてた関係だと思う。

過疎の教育支援とか なんとか

 

オラもいい歳になって記憶が薄れてきた昨今。

細かいことは思い出せない……(ノω・、)、

でも鮮明に記憶が残っていることがいくつかあって

 

 ・やたら空が近くて青かったこと (宇都宮の空に比べ) 

 ・村の子たちに「あっ都会の子だ!」的な好奇の目で見られたこと

 ・学校裏の林のなかでターザンごっこをしてケツから落ちたこと

 ・夜は分校の教室で寝袋並べて寝たこと。 

 ・外便所が怖くて ずっとオシッコ我慢してたこと

 ・宇都宮に帰る日、村のガキ大将に記念に「ミヤマクワガタ」もらったこと

   

  

正直言ってそーいったことはしばらく忘れていたが、

最近、高原山系を訪れる機会が増えるたびに

いつかあの分校を再訪問しようと思っていた。

   

事前調べによると「高原分校」は昭和50年に廃校になったらしい

とすると もう37年経っている。。 一部を公民館で使用してるとか

(正しい校名は 塩谷町立熊ノ木小学校西高原分校)

  

さらに調べると 

「分校」というからには もちろん「本校」が存在するわけで

本校は「塩谷町立熊ノ木小学校」といい

その本校も平成11年廃校になり 現状では 

NPO運営の「星ふる学校 くまの木」として利用されていること。

  

さらに 「熊ノ木小学校」には 「高原分校」以外に

「鳥羽新田分校」 「東古屋分校」という2つの分校が存在した。

最近の地図に重ねてみると

Photo_3

   

いっそのこと全部調べてしまえ~! ということで

助手のカブママ古をつれ 高原山系にむけて出発した

2012年5月12日(土) 晴れ

高原山は今日も美しい 

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↑県道63号線から  ここから見る高原山が好きだ

   

最初に訪れたのがココ

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熊ノ木小学校 (本校)

・学校名 塩谷町立熊ノ木小学校

・住 所 栃木県塩谷郡塩谷町大字熊ノ木802 

・開 校 明治7年

・廃 校 平成11年3月 124年存続

・現 状 NPO法人運営(現 NPO法人 星ふる学校 くまの木) 

  

門柱は廃校当時のまま 校庭は砂利 

建て替えもあったにせよ124年の貫禄が伝わってくる校舎

現在は宿泊施設と体験学習の場として利用されている

特筆すべきは天体観察

「星ふる学校」の名のもととなったのは 

shine日本で一番 星空がよく見えることに由来 らしー

    

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↑ 東側の木造校舎

 画像右に見える白いドームが天体観測ドーム

 

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↑ 廃校のド定番 「二宮金次郎」先生

  

古いものだから壊すのではなく、貴重なものとして後世に存続させてゆく方針に共感する。

 

県道63号線まで戻り 落合橋を渡り 鳥羽新田方面に向かう

  

次の分校はココ 県道63号線 ほうきね神社の隣にある

鳥羽新田分校の入り口

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↑ 当時の門柱が残されている   表札は「公民館」

 

40メートルほど坂を登ると校舎が現れる 

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鳥羽新田分校

・学校名 塩谷町立熊ノ木小学校 鳥羽新田分校

・住 所 栃木県塩谷郡塩谷町鳥羽新田

・開 校 明治20年

・廃 校 昭和43年 81年存続

・現 状 一部を公民館として利用

  

廃校後45年経つが現存している建屋は校舎の一部だと推測

入り口はサッシに変更されており、内部も整理されている

公民館として利用されているのもうなずける

   

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↑さすが45年放置の貫禄 滑り台は2本あるが

上りの階段が消失。 雲梯、ブランコなどの遊具も残っているが

どれも朽ち果てていた。

 

となりは神社 いかにも歴史がありそう

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↑ ほうきね神社 (箒根神社)

高原山の山岳信仰祭神を調べると豊城入彦命が祀られている。

豊城入彦命は東国へと赴任し、上毛野臣と下毛野臣の祖となったと伝えられているのですが、この豊城入彦命を豊木、ホウキと読んだことから箒の字を当てたのではないかと推測。

※尚、ほうきね神社は塩谷町内にあと数社存在する。

 

   

次も分校跡を訪れる

Photo

東古屋分校

・学校名 塩谷町立熊ノ木小学校 東古屋分校

・住 所 栃木県塩谷郡塩谷町大字上寺島

・開 校 明治34年

・廃 校 昭和42年 56年存続

・現 状 跡地を東古屋キャンプ場、駐車場として利用されている

 

林道ツーリングの際、デポ地としてトランポを停めている場所が

まさにココ!  知らずに停めていたわけだ。。。(苦笑)

 

Photo_2

↑ 画像右がキャンプ場、左が駐車場

釣りの季節には 大勢の釣り客でにぎわう

校庭跡と思われる現在の駐車場は湖面から3mも離れていない。

西荒川ダム(東古屋湖)完成が昭和43年、

当時は崖っぷちに校舎が建っていたことになる。

 

  

続いて…… そしていよいよ

 

ここからが今回調査のメインとなる 高原分校(西高原分校)である。

県道63号を鬼怒川方面に向かう。

 

途中、東荒川ダムを左に見ながら通り過ぎ 県道を1キロ北上

目印など何もないが、ナビはこの辺りを指している

  

県道63号線沿い それっぽい入り口発見

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入ってみる  途中何度か迷ったが

300メートル進んだところの三又の真ん中の道を進む

(ちなみに画面右が玉生方面 )

 

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↑ ついに着いた(≧∇≦)

 これが約40年ぶりに訪れた森の分校 「高原分校」だ!

(左側が校舎  右の一段低くなっている方が校庭)

感動して声が出ない。

いい歳こいて 震えてきたヾ( ̄0 ̄;ノ

 

校舎にたどり着く前に いくつかの遺構が現存する

ちなみに ↓↓これは 少しだけ記憶がある。。 

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 ↑教師の宿舎 だと思う。。

当時の先生は本校の「熊ノ木小学校」からの派遣で

この建屋に住み込みだった。

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↑中をのぞくと 今風にいえば2DK 風呂・トイレ付

まさに「ドクター陸のコトー」って感じである。

ガラスは割れており 畳には足跡が。

どこかのバカが侵入した形跡がある。(心霊マニアか)

 

そしてこれが校舎

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高原分校

・学校名 塩谷町立熊ノ木小学校 西高原分校

・住 所 栃木県塩谷郡塩谷町上寺島 

・開 校 昭和32年

・廃 校 昭和50年3月 18年存続

・現 状 校舎の一部を 公民館として利用

  

オラもカブママもしばらくたたずんでいた。

不思議なもので 40年前の記憶が一気に蘇ってきた

オラの記憶 そのままじゃないか!!

  

記憶と大きく異なっている点は

「えっ 校舎ってこんなに小さかったっけ??」

 

きっと子供の目には大きい校舎に写ったんだろーな。。

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 ↑ 一段低い校庭もそのまま  石垣も

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↑廃校から37年 さすがに遊具も朽ちている

 当時この遊具で遊んだと思う。。 記憶はないが…

 

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↑埋められたタイヤ  もちろん遊具としての「タイヤ飛び」の為

 よく調べたが パターン(溝) サイドのパターン名 サイズも

朽ち果てて読めないが、ブレーカーの欠け具合から

40年以上前のものと推測される。

※ 後日判明したことだが このタイヤ。

やはり父がボランティア仲間と数名で 

宇都宮から廃タイヤを運び埋めたものだった。

   

おっと忘れていた 校舎はどうなっているか…

校舎裏から中の様子を撮影する

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↑校舎向かって左の部屋

公民館として利用されているようで きれいに整理されている

この床張の教室

ココに寝袋並べて寝たんだな~~

  

そうだ あの怖かった便所はどうした…

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↑ あったよ~! 校舎の真裏に

屋根伝いに便所に入れるのだが 夜なんか怖くて怖くて…

お化けに遭遇するくらいなら 

オシッコ漏らしちゃう方がマシだ!

本気で思っていた。。。

 

 

  

たった18年しか存続していなかったことに驚く。

この過疎の地で 地域教育の中心として果たした役割は大きい。

大自然の大らかさに育まれた感受性豊かな子供たちが この小さな木造校舎から巣立っていったことを思うと 外観とは正反対の大きく立派な校舎に見えてくるから不思議だ。

そして現にこうして 「森の分校」を懐かしんで訪れる物好きもいる。

 

(オラだけど……なにか?)

 

今日は充実した一日だった

40年という時間の針が一気に回った。 回りきった

100%自己満足のレポートだったが

一番喜んでくれるのは父かもしれない。

 

この報告を 大好きな父に贈る 

 

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