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2012年4月23日 (月曜日)

須花トンネル郡を訪ねる

   

   

見かけによらず (見かけの基準が曖昧だが…)

オラとカブママは廃墟ファン、同時に廃道ファンでもある

(やっぱり変態だ……Σ( ̄ロ ̄lll))

 

我が地元栃木県は林道のみならず廃道の類が多い

徒歩⇒荷車⇒馬車⇒クルマと

交通手段の進化とともに 峠道からトンネルに変化し

そしてそのトンネルも姿を変えてきた。

  

昭和以前につくられたトンネルは、モータリゼーションに対応しきれないばかりか構造が不安定なため順次廃止され歴史の片隅に埋もれてしまっている。

同時にトンネル開通以前に使われていた「峠道」に至っては、すでに獣道以下に成り下がっている箇所多数。

もちろん人の気配など無い。

ただその場所に立って

じっと目を閉じると……古の旅人の息遣いを感じる。

  

新コーナー

The abolished way  

地元栃木県やその周辺の廃道・隧道の類をレポートする。

(100%オラの自己満足)

 

 

記念すべきレポート第一弾は地元栃木県の

須花トンネル すばなとんねる

足利市と佐野市を結ぶ県道208号線に位置するトンネル

ほぼ同じ場所に 
明治・大正・昭和

3時代に渡り掘られたトンネルが現存する。

(現道は昭和トンネル   明治・大正トンネルは立入禁止…)

 

資料によると
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明治トンネル 着工1881年(明治14年)  

               完成1892年 117メートル 素掘り

大正トンネル 完成1917年 82メートル 煉瓦アーチ

昭和トンネル 完成1980年 157メートル コンクリート  

明治14年だって……スゲー古!

海の向こうでは「第一次ボーア戦争」が始まったころだ。

敬愛するロード・ベーデン=パウエル(ボーイスカウト創始者)が

現南アフリカの部隊に赴任した時期。

こじつけだが 何かのご縁を感じる。        

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(2012年4月22日 Sun)   天気予報は午後より雨

 

カブママ古を連れトンネル調査に出発

鹿沼経由で国道293号、田沼三好の交差点を飛駒方面へ右折

宇都宮から下道70分の距離

Photo

↑おおまかな位置(矢印)

古来 彦間地区(地図上部)から足利方面に抜ける道としては

これ一本であった。

(国道293号、50号が整備される以前)

    

上地図の ←矢印部分を拡大すると

Photo_2

 このようになってる

等高線が示すとおり 峠越えを回避するため隧道を掘ったわけだ。

ただ上の地図だと「明治トンネル」が表示されていない。

 

 

トンネル付近の案内板によると

5

↑世にも珍しい三世代同居のトンネルが描かれている。

  

こうしてオラが記事にするくらいだから

地元のみならず有名で、特に隧道ファンの間では

必ず一回は訪れたい場所となっている(らしい…)

  

3本のトンネル

これを地図にあてはめてみると

Photo_3

↑ ・昭和トンネル(現道) 

  ・大正トンネル(トンネルとして存在してる)

  ・明治トンネル(トンネルだけど行き止まり?)

このようになる。

 

 

写真で見てみる

Dsc00818_2 

↑明治・大正トンネルは車両進入禁止。 

 

明治トンネルは県道208号からは見えない

看板によれば「遊歩道」として整備されているようだ。

天気が悪いせいか山中特有の湿った冷気を感じる。

 

さあ~ 看板にしたがって「明治トンネル」に会いにいくぞ

Dsc00819

↑鬱蒼とした杉林  

日光杉並木など杉に慣れてるハズの栃木県民でもひくわ∑(=゚ω゚=;)

日中というのに「肝試し」状態だね  夜なら行けない(lll゚Д゚)

 

ちなみに カブママ古 すっかり探検隊の恰好。。 気合いバリバリ

この主婦 いったいどこへ行ってしまうのか(;;;´Д`)

(廃道調査の場合カブママじゃなくてカブママ)と表記 

  

明治トンネル

  

Dsc00822

遊歩道を200メートルも歩くと 明治トンネルに到着

木のバリケードは演出なのか? なんとなく「関所」ぽい。

定番の「コラ 入るなよバカ!」の看板。

 

Dsc00823

↑ 奥に光が。  トンネルはほぼ真っ直ぐ掘られている

まさに「素掘り」 

入り口付近の幅は約4メートル、高さは2.5メートル程か?

堅牢なる岩盤質にのみと金槌だけで掘り進めていった

明治の職人の息遣いが聞こえてくるようだ。

  

↑ ゲゲゲの鬼太郎に出てくるよね こーいう洞穴。

岩に「お札」とか貼られてたらビビるよね。。

 

Dsc00826

↑ しみじみ読んでしまった。 

「トンネルは地元有志が掘った」と書いてある。

昔のひとはエラかったね~Σ( ̄ロ ̄)

 

120年の時を超え、往来した旅人の足音が聞こえてくるようだ。

不気味さと霊気を堪能したところで

背中に風を感じながら明治トンネルを後にする。

 

次は 時代を追って「大正トンネル」に向かう。

Dsc00829

 ↑「大正トンネル」入り口   車両止めの奥に向かう

 

Dsc00831_2

↑ 歩くこと70メートル  大正トンネルに到着

 頑丈そうなトンネル口が姿を見せる。 (金網で完全ガード)

ちなみに 右矢印方面は峠道

Dsc00832

↑ 厳重に封鎖されたトンネル口から覗くと

整然と積み上げられた赤レンガ壁が現れる。

東京駅壁、小樽、横浜の倉庫群を思い起こさせる。

(こんな場所で異国情緒を感じてしまうオラは変態か?)

 

全長82メートル、幅約3.5メートル、高さ約3メートル程。

「明治トンネル」の荒々しい作りとは違い、文明の香りがする。

向こう側出口の「新入禁止」の文字がかすかに読める距離。

    

完成から100年経とうとしているが内部に崩落の跡はない。

トンネル中腹に残された「●●●参上!」の文字に

割と最近まで通行可能だった痕跡を垣間見ることができる。

(どこにでも こーいうバカはいるね…)

  

内部は(やたら)反響がよく、オラやカブママがつぶやいたひと言が

かなり遅れてトンネル内にこだまする。

これが地元で有名な「お化けトンネル」と呼ばれている所以だろう。

 

次は…順番からいけば「昭和トンネル」だが、

完成から32年経つこのトンネルに

今のところたいした魅力はないので割愛。(ある意味熟女ファン)

 

そして 本日の最終目的である

「須花峠」を歩いてみる。

大正トンネル脇の旧階段を上る(カブママ古は息切れ)

Dsc00834

 ↑ かなりの傾斜です。 まともな登山靴履いたほうがいい。

 

Dsc00835

↑ 急坂を上り切ると 湿地帯が現れる。

痛々しいカンバンに「須花坂湿原」と読める。

峠の中腹で、しかも傾斜のきつい場所の湿原はめずらしい。

写真右上より流れててくる「湧水」がこの場所を湿原にしているようだ。

 

Dsc00836

↑ ココは本来の峠道と違うが歩きやすいので行ってみる。

なんとなく両側から忍者が襲ってきそうな谷だよね。

  

Dsc00837

↑ ちょうど昭和トンネルの真上に出た!

高さ的にはまだまだ「峠の頂上」ではないが、

唯一見晴らしがよいところ。 もうちょっと先に行けるのだが

「慢性高所恐怖症」のオラとしてはここまでが限界。 

   

先を急ぐ。 峠中腹からさらに登るとこんな立札が。

Dsc00839

↑なんだか読めないが、かなり古いものだということはわかる。

この立札、坂道の途中にしては不自然に平地になってる場所に立っていることから、以前は祠が建っていたのかもしれない。

それに周囲に朽ちた木片が散在している。

ここは後日調査の対象である。

 

時刻は16時  

夢中で歩いていたら思いのほか時が経ってしまった。 

「夕方から雨」の予報のとおり頭上を黒雲が覆ってきた。

今日はココまで。

  

須花峠越えは次回持越しとする。

 

↓ 手すりも新旧並んでる。 さすが須花峠

Dsc00840 

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3世代のトンネルが同居する須花坂(峠)

まるで

創業者である祖父が、子に仕事を引き継ぎ

孫が事業を拡大。 そんな感じか?

ついつい徳川三代を思い出してしまった。

 

現代では核家族化がすすみ 2世帯住宅が当たり前になり

親世代と同居を嫌がる嫁が増え さらに老人の孤独死と…   

隔世を互いに支えるかのように隣接するこの須花トンネル郡は

そんな現代を嘲笑うかのように 凛として存在し続ける。  (拝) 

   

 

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